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スーパー耐久 2018 Rd.3 富士

ARS Staff

PIRELLIスーパー耐久シリーズ2018 第3戦

富士 SUPER TEC 24時間レース



A DRIVER

浅野 武夫

B DRIVER

井上 雅貴

C DRIVER

芝 叔和

D DRIVER

西村 元気

E DRIVER

西村 和則

F DRIVER

東風谷 高史

6/1 予選

6/2-3 決勝

順位

8位

6位

結果詳細

浅野 2.00.230

井上 1.58.994

浅野 115周

井上 185周

芝  60周

西村(元) 128周

西村(和) 119周

東風谷 37周


【フリー走行・予選】






2度のテストデーの結果から、チームはWedsSport86にLED補助灯の追加や適切なファナイルギアの選択などを施し、スタビリティが高く乗りやすいマシンセットを整えた。練習走行では高スピードと燃費の良さを見せ、ドライバーも乗りやすさからマシンの仕上がりに自信を深める。予選ではAドライバーが9番手、Bドライバーが8番手と好成績を残しました。決勝に向けてマシンメンテナンスを入念に行ない、長い厳しいレースに備えました。


【決勝】


今回のレースは富士で50年ぶり、SUPER耐久では10年ぶりの24時間レースである。Aドライバーの浅野武夫やチーム監督の浅野真吾は、以前の経験を生かして決勝レースの準備を徹底する。ピット戦略は時間均等に給油し、タイヤは2スティントで4輪交換する。また燃費やSC、FCYの状況に応じてピットインタイミングを変更する。さらに24時間中に2回(各8分)義務付けられている「メンテナンスタイム」のうち、1回はブレーキメンテ、もう1回はトラブル対応に使用することとした。




6月2日15時、WedsSport86の西村和則が長丁場のレースをスタート。西村はコンスタントに走り、61周目に浅野武夫にマシンを託す。浅野はベストタイム2分1秒をマークして、62周目に井上雅貴へ交代。井上は34周目のFCY導入でステイアウト、60周目に西村元気へと交代。西村は63周目に芝叔和へと交代しましたが、芝はアクシデントが発生したため再度ピットイン。マシンのダメージを確認し、タイヤ交換とアライメントチェック、ブレーキメンテナンスを実施した。



芝がマシンの確認をしてからベストタイムを目指す。45周目に大きなクラッシュが発生してレースは赤旗中断となるが、30分後に再開。芝は60周走りきって井上への交代した。井上は他車両をオーバーテイクしながらベストタイムの2分2秒台で走る。井上のスティントで他車両がトラブルし、86号車は4位までポジションアップ。


夜が明け、井上が64周の後にピットインして西村に交代、タイヤ4本を交換した。西村は速さを見せて2分2秒をマークしながらラップ。410周目に27号車86がピットインしクラス3位へ。レース残り8時間45分でノントラブルを望むチーム。西村は64周走行ピットイン、東風谷に交代。478周目、65号車AUDIがストップしFCY導入。チームは8分メンテのカードを切り、タイヤ交換、各マシンチェック、ドライバー交代を行う。西村は3位でコースに復帰し、ベストタイム2分2秒台をマーク。西村は58周走行してピットイン、井上に交代。井上は気温が上昇しコース悪化する中で粘り強く走行する。井上の背後にはSGTでも活躍する29号車86が迫る。


591周目に井上が走行を開始し、53周目でWedsSport86がピットインして浅野に交代しました。ピットでタイヤを4本交換し3位になりましたが、594周目に29号車に追い抜かれ4位になりました。29号車は再びピットインし、WedsSport86は表彰台を目指すために走行を続けましたが、621周目にマシン左フロントの異常を浅野がチームに連絡しました。ピットで確認したところ、左フロントのハブボルトが破断していました。約9分で修復した後、浅野は6位で走行を続けました。最終的に645周を走りきり6位でチェッカーを受けました。


【チーム監督コメント】

浅野 真吾



「富士としては50年ぶり、スーパー耐久としては10年ぶりの24時間レース、チームのみんなと笑顔でゴールを迎えたい!それだけを考え、ドライバー、メカニック、スタッフ、そしてスポンサー様の心をひとつに、チーム一丸となって努力を重ねてきました。

しかし準備をどれだけ重ねても、24時間というレースではやはり想像しえないことが起こります。

残り1時間でのトラブル、表彰台が見えていただけに本当に

悔しく思います。

また来年この場に戻ってきます。その時また声援を送っていただければと思います。

応援いただいた皆さま、本当にありがとうございました」



【ドライバーコメント】





浅野 武夫

「久しぶりの24時間レースでした。車両が86となってからは初めての長丁場で、どのようなレース運びをするのか、またペース配分などを考えて、最高速を伸ばしミッションに負担を掛けない仕様としつつ、燃費を改善する事としました。最初のスティントは車に負担をかけない走りに撤して、我慢とマイペースを守り、回りに左右されずに持ち時間をこなしたのですが、最後のスティントの残り1時間でのトラブルはとても残念でたまりません。

特に今回のレースには沢山の応援とご支援をしていただき、ありがとうございました。

来月のオートポリスも頑張りますので、応援よろしくお願いいたします。」




井上 雅貴

「国内では約10年ぶり、富士スピードウェイでは約50年ぶりとなる24時間レースに参戦できたことはとても光栄に思います。スポンサー様ならびにチームの皆様には誠に御礼申し上げます。私自身、こんな早いタイミングで24時間レースに参戦できると思っていなかったので、とても貴重な経験ができました。

24時間レース本戦前に行われた2回の公式テストでは、十勝24時間を経験している浅野レーシングサービスが持ち込んだ『24時間を戦い抜くための耐久に徹した独特なセッティング』に衝撃を受け、24時間の厳しさを知ったところから始まりました。私の中でも何が正解なのか全く分からないまま、レースウィークに突入。予選では24時間を見据え、あまりエンジン回転数を上げずにアタックをし、エンジンに掛かる負荷を最低限に抑えたため、クラス8位。しかし、決勝セッティングでは2分0秒台~1分59秒前半を想定していたので、1分58秒台を出せたことは決勝に向けて自信を持つことができました。

決勝では21時間を経過するまでは3位を走行していましたが、私の3回目のスティントでタイムが伸び切らず後続の29号車に抜かれてしまった上に、23時間を経過した時点で車両にトラブルが出てしまい、緊急ピットイン。6位に順位を下げてしまい、そのままチェッカーフラッグを受けることになってしまいました。表彰台が見えていただけにとても悔しく思いますし、自分の不甲斐なさにも悔しく思います。また「耐久レースの難しさ」を痛感したレースでもありましたが、レースを戦う上で新たな発見も沢山あり、成長できたレースとなりました。

早くも2018年シーズンは折り返し地点を迎え、残り3戦となりました。次戦のオートポリスでは24時間レースで感じたことや学んだことを早速生かして、菅生大会のような目立つレースをし、表彰台を獲得できるよう精進して参ります。今後とも沢山の応援を宜しくお願い申し上げます。」


芝 叔和

「この富士SUPER TEC 24時間レースを迎えるにあたり、事前に2度の公式テストを経てレースウィークに入りましたが、初回の3月のテストでは、自身がマシンに慣れることと、夜間の走行時の課題の洗い出しを意識した走行になりました。2回目の5月のテストでは、生憎の悪天候でのテストとなりましたが、当日がどのような天候になるかわからない状況の中では、非常に有意義なテストになったと思います。

そして迎えたレースウィークの木曜日のフリープラクティスで感じたのは、ユーズドタイヤでの走行にもかかわらず、非常にバランスが良く、これまでにないマシンの状態でした。これは、私も含め6名のドライバーが皆同じ感覚を覚えたと思います。それはチームスタッフが、サーキットに来るまでの間にどれだけの努力を重ねてきたかが容易に想像出来る内容でした。また、24時間を走り切るための準備も十分にバックヤードで進められており、WedsSport様のウェアサポートをはじめ、新興工業様のスタッフサポート、GO&FAN様、TONE様の協賛と多くの方々のサポートを肌で感じながら、それが自分たちの力になっていることをひしひしと感じられました。

予選では、あえてベストタイムを出すことよりも、24時間を走り切るためのテストに費やす提案を行いました。

長丁場の決勝は、深夜のドライブを担当する中で、アウトラップで他車と接触してしまい、緊急ピットインを余儀なくされましたが、監督の機転で、義務である8分間のメンテナンスタイムを利用し、メカニックの方々の迅速な対応で時間内に作業完了することで、接触の影響は最小限に抑えることができました。

いきなりの接触で精神的にはかなりきつい状況ではありましたが、今やるべきことは凹むことではないと、気持ちを切り替えてペースアップを図りました。途中、コース上での大きなクラッシュによる赤旗中断がありましたが、無事、2時間半のスティントを走り切ることができました。最終的には、24時間完走し6位入賞と出来過ぎの結果とも言えるかもしれませんが、ラスト60分までは3位争いをしていた事を考えると悔しくもあり熱いレースだった思います。

今回、多くの方々のサポート、応援で24時間を走り切ることが出来たこと、感謝と共に深く御礼申し上げます。

このマシンのポテンシャルはもっと高い位置にあり、次戦オートポリス以降では、間違いなくもっと上を狙えると確信しておりますので今後とも、変わらぬ声援を宜しくお願い致します。」


西村 元気

「ドライバーとしては10年ぶりに24時間耐久レースに参戦となりましたが、担当した1回目の夜間走行のスティントでもある程度走れると思っていました。しかし、テスト走行では問題なかったものの、決勝レースは後続車両へ譲る際に何度もタイヤカスを拾ってしまい、ピックアップに悩まされて思うようなペースで走れなくて苦戦しました。明け方の2回目のスティントでは、なんとか安定したペースで走ることが出来ましたが、1年マシンに乗れてなかったので、準備不足から全体的に納得出来る走りが出来なくて悔しい思いをしました。チームとしては、あと一歩で3位を獲得出来そうだったので残念ですが、チーム一丸となって最後まで走りきり、来年に繋がるレースになったと思います。来年は、フルシーズン参戦を目指し経験を積んで、また24時間耐久にチャレンジしたいと思っています。今回の参戦にあたり、サポート頂きましたチームスタッフの皆様、スポンサー各社様、本当にありがとうございました。」


西村 和則

「無事に24時間完走を果たし、6位入賞できた喜びは有りますが、24時間のチェッカーまで残り60分というところでマシントラブルにより表彰台争いから離脱してしまった悔しさの方が大きく、とても残念です。

個人としては初めての24時間レースになりましたが、十勝24時間の経験が豊富なチームで戦えた事にとても頼もしく、色々と勉強させていただきました。

今回の24時間という長い時間をともに戦って下さったドライバー陣をはじめ、メカニック、スタッフ

全員に感謝します。ありがとうございました。」


東風谷 高史

「朝のパートを担当しましたが、車の調子が良く、労りながら走ることが出来ました。S耐初参戦でしたがチームのサポートのお蔭で安心して走りきることが出来ました。

次回は表彰台に上がれるように頑張ります。」






チーム体制




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浅野レーシングサービスは、浅野自動車商会(茨城県・桜川市)を母体とするレーシングチームです。
これまで主に国内ツーリングカーレースを中心に活動を行っており、完全なプライベーターながら様々なレースシリーズで年間チャンピオンを獲得したほか、数多くのレースで優勝・表彰台を勝ち取って参りました。

 

その一方で、メカニック等は所属ドライバーはもちろんのこと親族も務める、家族的な側面もあります。
代表の浅野武夫はレーシングドライバーとして活躍し続けているばかりか、マシン製作・メンテナンスも担当。そのスタイルを1975年より現在に至るまで、40年以上貫いています。

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